昨日の日本経済新聞に『日本型人材育成は忖度生む ICU理事
長「正解ありきの教育は時代遅れ」教育』と、なんともうれし
い記事がでていた。
まさに、わが意を得たりだ。
記事には『「日本は子どもの学力では世界トップクラスですが
国の経済成長率は低い。教育システムに問題があるのではあり
ませんか。
「よい塾に通い、よい大学に進み、日本の大企業に入るとい
うベルトコンベヤーのようなシステムが完全に時代遅れにな
っている。今やプレイングフィールド(競技場)は世界なの
に、世界で戦えない子どもを育てている」
「この日本型システムは正解ありきだ。速く正解すると偏差
値が上がる。生徒は塾の先生の教えを疑わない。野性味を失
い、会社に入った後も忖度(そんたく)する人に育ってしま
う」
「経済協力開発機構(OECD)の2024年の調査で、日本は中
学生に批判的に考える必要がある課題を与える教員の割合が
調査対象国・地域の中で最も少なく、ガラパゴス状態になっ
ている。つまり批判的思考をさせていない。この問題は間違
いなく大きい」』とある。
資料:日本経済新聞
会社生活は、ソニー子会社ともう1社を除いて、おもしろいこ
と(自由意志を発揮できる環境)がないものだった。
私は、新たな挑戦をする視点から批判的な話をするのだが、も
っとも批判だけではなく対策もきちんと考え提案したうえなの
だが、経営者という生き物は、批判的な言葉がそもそも嫌いだ。
いわゆる聞く耳をもたない。
私が使えた経営者のなかで聞く耳をほんとうにもっていた方は
二人だけいた。
私の転職歴からみても、聞くことができる経営者は極めて少な
い。
ただ批判だけする人間の言葉を聞く必要はないが、批判と同時
に、必ず対策を出してくる人間に対しては聞く耳をもつべきだ。
聞く耳をもった経営者は、物事の真実に近づける。
だからこそ、事業を成長発展させていくことが可能となる。
反対に、聞く耳をもたない経営者は「たこつぼ経営」になる。
笑いがなく、情報が行き交う職場がつくれない。
自社の企業状態を知るすべを失ったようなものだ。
批判精神のうえに、建設的な課題解決策はでてくる。
批判なきマネジメントは、建設的な課題把握ができず、課題が
放置されていくから、事業の成長を生み出す力を失い、その企
業は確実に衰退していく。
実際、衰退していった。
『海外の投資家を15秒で説得できる人材。竹内氏は成長をけん
引できる人材をこう例えた。どうしたらそんな若者を育てるこ
とができるのか。強調したのは「民の力」だ。
正解なき時代には試行錯誤が欠かせず、教育も同じだ。国の役
割は大きな方向性を示しつつ、野心的な取り組みを後押しする
ことだろう。
日本型の「ベルトコンベヤー」を解体するためには、保護者も
変わる必要がある。自身の成功や失敗の体験にとらわれず、子
ども自身が解を見つけられるように背中を押してほしい』とあ
った。
なかなか厳しい要件だが、これからの社会は、益々正解がない
世界になっていくだろう。
15秒で説得できる必要はないが、自分の頭で考え、自分で行
動できることが必要になる。
批判的精神は、そのベースになるものだ。
わが家は放任だったのがよかった。
父は仕事が忙しく、私をかまっている暇などなかっただろう。
よく働く父だった。
もっとも、酒量もすごかったのだが、それでも自由になんでも
やらせてもらえた。
母親も成績が悪くとも、怒ることもなく、私に自由を与えてく
れた。
母自身が病弱だったことから、私をかまっている時間がなかっ
たようにも思えた。
そんな環境は、私が自分自身を育てるには最高だった。
まわり田んぼと里山だ。
遊ぶには十分すぎた。
学校生活そのものに、私は批判的だった。
学校の先生という生き物は、成績がよい子が好きだ。
私のように勉強ができない子供はかまってもらうことが少なか
っただろう。
そんな環境は、自分をつくるには、いわゆる批判的な精神を育
むことには最適だった。
今でも、そのときの自分が心のなかにでてくる。
教育者の姿勢というものだ。
もちろん、高校時代にはじめて、私を支えてくれた先生と巡り
会った。
先生というもののイメージが、私のなかで壊れていった。
人生を支えてもらっている方だ。
そんなことを考えていると、Forbesに『心理学では「自由意志
への信念」と呼ばれるものが研究されている。これは、人間は
自分の行動を自ら選択しており、その選択に責任を負っている
という確信のことだ。自由意志が実際に存在するかどうかは、
哲学者や神経科学者が長年にわたって議論してきた問題であり、
心理学がその議論に新たな知見をもたらす余地はない。
心理学が研究できるのは、誰がその信念を持ち、それによって
どのような結果がもたらされるかだ。この点における個人差は
想像以上に大きく、その傾向は比較的安定している。自由意志
への信念のスコアが低い人は、極端な宿命論者というわけでは
ない。単に、自らの行動を、気分や育ち、環境など、自分が選
んだわけではない要因の産物として捉えているにすぎない。』
という記事が目にはいった。
私の想像でしかないが、Forbesに書かれていた『自由意志への
信念』がある人は、比較的批判精神をもっていると思う。
何事も自分で責任をとる覚悟ができているからだ。
忖度などしなくても、生きていけるという恐れ多い自信をもっ
ていることなのだが、なんとも危ないことだらけでもあった。
だが、今思っても、楽しい日々だった。
人は、一人ひとり違っていてよい。
だからこそ、人生は楽しい。
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