今の会社のなかは、あらゆるツールが行き交う。
多くの社員は、それらを使いこなして仕事を前に進めているよ
うだが、でてくる成果は企業によって大きく違う。
ERPやAIは、誰でも手軽に使えるようになっているのだが、で
てくる分析結果は、どういうわけか似通ってくる。
当たり前だ。
ERPは標準化、AIは既知の情報と相場は決まっている。
どこの企業も同じようなことをやっている。
そう思っていないのは、経営者だけかもわからない。
企業戦略、いわるゆ「What should」を決めていくための分析
にAIなどは利用されるのだろうが、問題は、戦術だ。
こちらは「How should」だ。
現場でどのように実行していくかというオペレーション能力が
問われる。
戦略は、現場に落ちた途端、戦術となり個々の人間の判断能力
によって成果が決定される。
現場は、常に動いている。
どんなにすばらしい戦略でも、ひとたび現場へ実行が移された
段階で、戦術となり、現場のオペレーションに任せることにな
る。
現場のオペレーション能力を支えるのは、まぎれもなく人だ。
企業における業績に差が生まれるのは、このためだ。
日常的にオペレーション能力を高めていくのは、企業における
自由な風土だ。
自由は風土は、個人の判断力や決断力、そして実行力を高める
からだ。
さらに企業文化が備わっていれば、言うことがない。
企業文化の存在は、長い時間軸のなかで築かれた企業独自の行
動規範に基づく考え方などをベースに、社内のリソースと市場
を眺め、多くの社員と議論し、市場に向かうための実行能力を
つくることにある。
多くの社員に挑戦させるための勇気を与え、実際に行動できる
ようにするものだ。
自由とは、そもそも会社の仲間から与えられたものだ。
AIがどんなに発達しても、新たな市場を開拓することはできな
いだろう。
AIの分析を足掛かりに人間が戦略を立て、戦略に基づき戦術を
おこなうのは、常に人間だ。
オペレーション能力は、どこまでいっても人間の手のなかにあ
る。
市場をみる目、戦術の果敢な変更、なかには撤退戦もあるだろ
うが、要は、人間が最終的な結果責任を負うことになる。
管理職は、その責任を負うために高額な報酬がある。
中小企業の管理職は、高額な報酬ではない。
だから戦術の責任は取れない。
高額な報酬は、多くは経営者が得ている。
戦術の責任は、経営者が取らなければならない。
中小企業と大手企業は、文化も違えば、戦術責任を取る人間も
違う。
中小企業では、社員に自由が与えられていることも少なく、オ
ペレーション能力をつくっていくためのベースがない。
大手企業は、常にオペレーション能力の向上を目指して戦って
いるのだが、それでも差が生まれる。
まして中小企業のようにオペレーション能力がないところとで
は、そもそも勝負にならない。
中小企業は自社の現在地を知らなければならない。
経営者自身がわからないのであれば、大手企業の人材を確保す
るか、コンサルなどと自社の現状把握をしなければならない。
その際、間違っても、経営の主導権を大手企業の人材やコンサ
ルに丸投げしてはならない。
それで自社のオペレーション能力が向上するわけではない。
経営者のなかに自社の未来のイメージがなければ、それが具体
化さることは死ぬまでない。
人材を活用できるかどうかは、常に経営者自身のなかにある。
それを他人は、経営能力呼ぶ。