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評価

評価やいいねを気にしないわけ

私たちは知らぬ間に、自分の値打ちを「いいね」の数で測って
はいないだろうか。
私が「いいね」がいらない理由は、自分が書いたコメントの価
値は自分にしかわからない、と考えているからだ。
このことは現役時代の仕事でも同じだった。
会社の評価に一喜一憂することが、私にはない。

俺がやった仕事のどこがわかるというのだ、というスタンスだ
った。
上司がおこなう評価など、良くても悪くても気にならない。
仕事の評価は自分でやるものだ。
しかも、自分の成果だといったところで、多くの人たちの協力
があってはじめて成し遂げたものだ。

俺の評価など、たかが知れている。
だが、自分がやったことを自分で評価してきた。
心のなかでだ。
このプロジェクトは一生懸命やったなぁ、とか、この仕事は粘
り強く対応してやり遂げたなぁ、とかだ。
その仕事が、次につながり、会社としての管理能力を高めてい
くことができたのだが、その途上には、他部署の部長の存在が
あったりした。

所詮、仕事とは、そのような流れのなかにある。
自分でやったことなど大したことはない。
だから、私は評価はいらない。
賃金や賞与が上がれば感謝した。

反対に賃金が下がり、納得できなければ会社を辞めた。
簡単だ。
評価などで議論することはない。
自分の行動で自分を評価してきた。
自分がしたことは自分が一番よくわかる。

管理職になると部下の評価をしなければならない。
そのときがもっとも嫌だった。
私は、人を評価することが苦手だ。
多くの部下たちは、よく仕事をしてくれたからだ。
だから、オーナー経営者には、直接話をしてきた。
私の分を部下に回してくれ、と。
私は、管理職として相応な賃金をもらっていた。
それ以上もらってもしょうがない。

私は評価や賃金アップのために働いてきたのではない。
自分自身のためだ。
仕事は人間を鍛えるためのよい道具だ。
いつの間にか年収は上がっていた。
ある程度の生活ができれば、それ以上の賃金は必要ない。

仕事はゲームそのものだ。
私にとって、朝、家をでるときから、今日のゲーム(仕事)を
おもしろくすることしか考えていなかった。
辛い局面もあるのだが、それがどうしただ。
ときに切れたこともあったが。
常に挑戦し続けた。
ゲームだから負けるときもある。
負ければ、また次へ挑戦すればよい。

遊びだから、次々と挑戦すればよいだけだ。
仕事などと、かしこまったことはしない。
仕事を真面目に考えすぎるから息が詰まる。
ゲームだと思えば、勝ちばかりにこだわることではない。
実力がなければ負ける。
人生さへゲームだ。
こう考えれば、人の評価などどうでもよい。
自分自身で人生というゲームのなかで遊べばよい。

孤独がよい。
よけいな連中に邪魔されることがないからだ。
会社というところは、仕事はおもしろいのだが、余計な連中に
邪魔されるところでもある。
だから孤独がよい。
いつでも逃げ出せるからだ。
小学生時代となんら変わっていない。
勉強やテストという評価から逃げた、学校社会というところか
ら逃げた、会社というところから逃げた。
私の人生は逃げる人生だった。
だが、おもしろい人生だった。
本当に楽しいゲームだった。

ゲームは、今も続いている。

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