サッカーワールドカップの試合が続く。
今回のワールドカップでも、いろいろな勝負をみせてもらって
いる。
もっとも、私は、サッカーはあまり見ないので、情報は妻の受
け売りだ。
日本の選手たちは、全員がんばっていた。
そんな選手たちを前に、アディショナルタイムでブラジルに追
加点を入れられた。
勝負あった。
私はライブでみていないのでテレビのニュースでみた。
このシーン、私がライブでサッカーをみていたときと同じよう
に感じられた。
まさに、ドーハーの悲劇だ。
あれから何年たったのだろうか、とふっと思った。
調べてみると、1993年だった。
もう33年か。
日本のサッカーは強くなった。
私のサッカー熱がもっとも高かった時期だ。
サッカーの試合をよくみた。
この時代、日本のサッカーは、ワールドカップへ出るために戦
っていた。
同じ年の5月、Jリーグの公式戦がはじめて開催された。
ワールドカップ、思えば長い道のりだった。
1998年、日本はワールドカップ初出場がかなった。
悲願は、当たり前のシーンになった。
今ではワールドカップで日本優勝の言葉がでる。
今回の失点がドーハの悲劇と同じように思えたのは、次のステ
ージへ進む試練を与えられた、と思ったからだ。
三浦知良選手は、初出場のワールドカップメンバーからはずさ
れた。
思い描いていた夢をかなえられなかった。
どんなに悔しかっただろう。
フランスから帰国する三浦選手のニュース映像が、今も頭から
離れない。
三浦選手が、今もサッカーを続けている理由の一旦かもわから
ない。
彼は、日本サッカー界の立役者だ。
私は、ニュース映像を決して忘れることはない。
日本人は、それぞれにたくさんの思いがあっただろう。
今の選手たち、ワールドカップにいけないという思いは、もう
ないだろう。
夢は大きくなっていく。
同時に試練がかせられる。
仕事や人生と同じだ。
私のなかには、ドーハのシーンが鮮明によみがえる。
勝った試合は忘れてしまうのだが、ドーハの試合だけは生涯忘
れないだろう。
日本人みなの夢だった。
ワールドカップ出場を国民のみなが夢見ていた。
みな信じていただろう。
そんな悲劇を乗り越えて日本のサッカーは強くなった。
アジアから世界へ挑戦している。
ブラジル戦の試練から、次のステージへいく選手が必ずでてく
るだろう。
負けを悲観することはない。
世界との違いがわかった。
はじめてワールドカップ出場するまで、ドーハから5年かかっ
た。
ワールドカップでベスト16へ進むには、4年でも足りないか
もわからない。
しかし、選手たちと監督は、次を目指していくだろう。
歩みを止めることはない。
そんな選手たちと監督を応援できる日本人は幸せだ。
選手たちと監督をねぎらってあげよう。
ありがとう。
オランダもドイツも敗れた。
どこの国もみな必死に戦っている。
それがワールドカップのだいご味だ。
次のワールドカップはライブでみる覚悟ができた。
さらに強くなった日本人選手たちをみることができるからだ。
日本人は逆境に強い。
努力する。
中小企業は、サッカー選手のように日々努力していくことだ。
そして世界で戦うことを恐れてはならない。
どんな世界でも、みな死闘だ。
夢は大切なのだが、大きな夢をみるために、試練が待ち構えて
いる。
悲劇を超える努力こそが、次のステージをつくることを知った。