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社会

ギャンブルをやらない私が言うのも変なのだが、昭和はすべてに勢いがあった時代だった

私はギャンブルをやらないのだが、理由は、私はギャンブルで
勝つ気がしないからだ。
それでも学生時代と営業時代、少しだけパチンコやっていた時
期がある。
いつも、パチンコ屋は大繁盛だった。
大勢の人たちが、パチンコにはまっていた。
柄が悪いおじさんも多かった。
ちょっと怖い場所でもあった。
でも、なんだか得体が知れない勢いをみせてもらっていた。
人の賑わいと喧噪のなかに、それはあった。

パチンコだけではないだろう。
競馬、競輪、ボートレース、オートレースなど、あらゆるギャ
ンブルが賑わっていた。
私は直接ギャンブルしに行くわけではないのだが、なんとなく
感じるものがあった。
ニュースでみたからだろうか。
不思議とその手の情報が頭に残っている。

さらに会社内では麻雀だ。
仕事が終わり夜になると、上司や部下に関係なく、多くの人た
ちが麻雀をやっていた。
私は雀荘さへ行ったことがない。
麻雀をやらない私は誘われることがなかった。
そんなもんに付き合う気など毛頭なかった。

私の夜は、アイスホッケーの練習と試合だ。
私には、これが一番だった。
ギャンブルをやらない私なのだが、この時代(昭和)、仕事に
限らずギャンブルを含めて、なんでも勢いがあったよう思える。
今、私が住むところでは、むかしからあったパチンコ屋は消え
てしまった。
ギャンブルだけでなく、カラオケなどを含めて、街の賑わいが
なくなったように感じる。

飲み屋さんも元気がなくなっているようだ。
みな余裕がない。
昭和は、日本の未来がみえていた。
賃金は毎年上がり、生活は豊かになっていった。
ギャンブルするだけの金があった。

私はギャンブルにはまることはなかったのだが、それでも毎晩
麻雀する上司をみて、よくやるもんだ、と思っていた。
疲れを忘れてやっていた。
そして、朝からみな仕事に打ち込んだ。
社会にも、会社にも、勢いがあった。

今、妙におとなしい時代が訪れた。
勢いを感じない社会だ。
日本と反対に、米国は建国250年だが、まだ勢いがある。
米国は問題が多い国だが、成長に対する意欲が特別強い国民性
だ。
みな預金などすることなく、借金してもでも金を使う。
物価も上がるが、賃金も上がる社会だ。
平等社会とは言い難いが、それでも誰でもチャンスをつかめる
国のようだ。
わが国は平等な国のようだが、勢いがなくなっている。
国民は、円安になすすべがない。

米国は、わが国とは多くの点で違いがある。
NHLの試合をみていたのだが、広告にでるのが『BET』の文字
だ。
かけが当たり前の国だ。
スマホのアプリで手軽にかけができるようだ。
観ているNHLのかけ予想がでる。
ぶったまげた社会だ。
わが国は公営ギャンブル主体なので、おとなしいほうだろう。

わが国では、普通の人たちが手軽にやれるかけは少ない。
ましてスポーツの試合をみながらスマホでかけなどやろうもの
なら、国民性が許さないだろう。
国の成り立ちが違う。

勢いがある国とは、なんだかんだいっても、ギャンブルでも勢
いがある、と思えた。
かけをする金がある。
現在、わが国では、かけをする金が少なくなったようだ。
昭和の時代、わが国独自のギャンブルだったパチンコは、相当
な勢いがあったのだが、国が斜陽化するとは、ギャンブルまで
もが、勢いがなくなるということだろう。
みなギャンブルに限らず使う金がない。
実質賃金が上がらない国の象徴的な姿だ。
ネットで調べてみると、日本企業の現預金比率(総資産に対す
る現預金の割合)だけは、米国企業の約2倍のほどあるようだ。
企業は、結構ため込んでいる。

実質賃金が上がらい世界は、ギャンブルに限らず勢いがでない。
今、そんな時代だ。
近年、コーポレートガバナンス・コードの改訂によって、ため
込んだ現預金を「有効活用できているか」が厳しく問われるよ
うになり、自社株買いなどに動く企業が増えているのだが、な
にか変だ、と思う。
投資するところは人を含めて、わが国には山積している。
挑戦意欲がない国に、人や社会の勢いは戻らないだろう。
かけを勧めるわけではないが、かけをする金がなくなっている
社会になった。
大手企業は、もっと賃金を上げ、中小企業の取引には、もっと
取引額(金)をはきだせだ。
あまりよくないコメントだが、勢いがある国とは、ギャンブル
さへも力強い。

わが国は、中小企業こそ、チャレンジャーになれるポジション
だ。
足元の小さなことを大事にして世界へ挑め。
勢いがある企業にならなければ、中小企業の存在そのもが吹き
飛ぶ。
大手企業や国などに頼るな。
あくまで独立自尊だ、だからこそ、勢いがつく。
日本には、まだ人と技術がある。
ギャンブルを勧めるわけではないが、勢いがある社会とは、す
べてに力強さがあるものだ。

私はギヤンブルはしないのだが、勢いがある国とは、良いも悪
いも勢いがある社会ということだ。
昭和をみてきた私には、つくづくそう思える。

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