私が在籍していた中小企業は、朝礼が好きだった。
毎日、必ずやっていた。
なんだかわからない理念を読まされ、さらに社長や幹部、ある
いは従業員が話をする。
私は、これだけで辟易する。
もっとも、工場の朝礼には意味があるのだが、なんといっても
安全管理が求められるからだ。
それでも事故は起きるから人間社会はやっかいだ。
企業の本社で行われる朝礼は、それで事業がうまくいき儲かる
のなら毎日やればよい。
なかには始業時間前に30分もやる会社があった。
労基法違反だが、そんなことはお構いなしだ。
だが、こんな朝礼熱心な会社ほど倒産した。
理念と惰性に溺れていた。
確かに、会社は社会的な顔を持つ。
企業の活動のなかには、従業員の幸福、コミュニティへの参加、
あるいは文化への貢献などの非経済的な成果がある。
だが、これらを支えているのは経済的な成果だ。
成果をあげられない経営失敗だ。
利益が控えめでよいわけがない。
経済的な成果こそ、企業を企業たらしめる決定的な原理だと、
断固として言ったのは、ドラッカーだ。
さらに、ドラッカーは、軍の参謀本部を例に引いて、参謀本部
が軍事的な安全を何より優先するように、企業のマネジメント
は経済的な成果を第一に考えるべきだ。
そして、どれほど立派な理念を掲げても、経済的な成果をあげ
られなければ、それは失敗なのだと突き放す。
ソニー子会社時代だが、ソニー全体なのか、子会社だけだった
のかはわからないのだが、朝礼は少なかったし、理念の類を読
んだり、話したりすることはなかった。
あるのは、目の前の仕事だ。
それも事業計画に基づく、厳しい成果の追求だった。
中小企業と違うのは、世の中の動きに自社の事業を連動させな
がら、うまく稼ぐことができていたことだ。
毎日の朝礼で理念を読んだり理解したりする時間はなく、常に
社員の自主性を尊重し、あくまで事業計画(利益計画)をベー
スに高い成果を生み出していた。
稼ぐことにどん欲だった。
稼ぐために事業計画を利用していたし、その意味を多くの社員
が共有していた。
稼げないこともあったが、事業計画があるので現場における実
行計画の修正を手早くやれる。
社員は文句をたれながらも、すぐに新な展開へ目指すことがで
きた。
朝礼を何百回やっても、実行が伴わない経営は意味がない。
堂々巡りの経営だった。
むしろ朝礼が事業活動の足を引っ張っていることを知らなけれ
ばならない。
社員を統制すれば、事業はうまくいくと思っているようだが、
多くの社員は白けている。
ドラッカーではないが、成果を生み出すことはできない。
成果を生み出すのは、社員と市場の対話からしかない。
理念などを読んでいる暇があったら、市場と対話して儲かるビ
ジネスを探し、既存の儲かるビジネスがあれば、さらに磨きを
かけることだ。
経営者はじっとしているほどよい。
社員が市場と対話できる企業は、社員自らが自由と規律をつく
ることができ、成果を求めることにどん欲になれる。
ただし、人間のどん欲さだけでは、問題を起こすことが多いの
で、内部監査(実行力と強制力を伴う)を徹底していた。
理念は否定しないが、企業というところは成果を出さなければ
存在価値はない。
従業員や社会に対する貢献ができるのは、企業が成果を出して
いるからだ。
中小企業こそ、儲けることを徹底させなければならない理由が、
ここにある。
理念ばかり唱えていても成果はでない、ただの自己満足だ。
成果を出すためには、理念ではなく、仕組みが必要だ。
経営者は、朝礼ばかになるな。
経営者は仕組みを考えるから存在価値がある。
儲け(成果)を出すのは、あくまで社員たちだ。