昨日、わが国のガバナンスについて書いたのだが、すぐに次の
材料がでてきた。
ひとつは、わが国のことだが『現行の会社法は臨時株主総会に
ついて、総株主の議決権の3%以上を6カ月前から保有する場合
に取締役に請求できると定める。この割合を5%程度以上へと
高める。
欧州は議決権のある発行済みの総議決権あるいは株式資本の5%
以上を保有する株主に認めている例が多い。米国では定款で定
められた人以外は請求できない。
株主にとって臨時株主総会の請求は経営陣に説明や判断を迫る
手段になる。一方で海外に比べて基準が緩く、短期主義的な株
主の乱用を招いているとの指摘があった。企業の中長期的な経
営戦略を阻害する一因との声もある』と、7月16日付日本経
済新聞の記事(抜粋)だ。
あれやこれやで経営側の規定を変更していくのが、政府与党だ
ろうか。
制度というものは、そもそも良い面もあれば、悪い面もある。
そのなかで経営者が自主的に、どのような対応をしていくかが
問われる。
ソニーの経営者は、戦後、中小企業から大企業へと事業を成長
拡大させ、さらに米国における上場など、誰もやらないことに
挑戦してきた。
日本では、2000年、単体(個別)決算から、連結会計を中心と
する開示制度へと完全に移行したのだが、ソニーの連結会計
(連結決算)は、1961年、日本企業として初めて米国預託証券
(ADR)を発行したことを機に始まり、日本の商法に基づく単
独決算ではなく、米国会計基準(US-GAAP)に準拠した連結財
務諸表を導入し、開示している。
弱音をはかず、政治や制度を当てにせず、自らの道を切り開い
た。
まさにSony Wayだ。
現在、米国においても経営者の姿勢が問われる事態があるよう
だ。
同新聞には『米国で、株主資本主義の根幹に関わりかねない会
社法の改正競争が始まっている。企業が設立準拠の州を、株主
保護で知られるデラウェア州から、経営者の裁量が大きいテキ
サス州やネバダ州へ相次いで移している。「DExit(デグジット
)」と呼ばれる動きだ。
米国では会社法が州ごとに異なる。企業は本社所在地にかかわ
らず法人の設立州を選べ、取締役の義務や株主の権利などは原
則として設立州法に規律される。
脱デラウェアの流れを全米的な論争へと押し上げたのはイーロ
ン・マスク氏だった。巨額報酬を無効としたデラウェア州裁判
所の判断に猛反発し、最高経営責任者(CEO)を務めるテスラ
の設立州を2024年にテキサスへ移した。企業統治の規範だった
米国で、経営者を株主の批判から守る競争が始まったのだとす
れば、日本の市場関係者も傍観できない。
現状でデラウェア州が優位性を失ったと見るのは早計だ。西村
あさひ法律事務所弁護士の沼畑智裕氏が6月25日付「商事法務」
に寄せた論考によれば、24年の統計でフォーチュン500企業の
うち66.7%、新規株式公開(IPO)を行った米国上場企業の81.4%、
非上場会社を含めると210万社を超える企業がデラウェア州法に
基づき設立されている』と記事(一部抜粋)がでていた。
経営者の一部の人間は、どこの国においても我儘なものだ。
企業経営における実績が高くなればなるほど、とくに創業経営
者の個性は強く現れてくる。
人間だもの。
このタイプの筆頭がマスク氏だろうか。
次代を切り開く力がある。
政治とも結びつく。
マスク氏の高額報酬を無効としたのは、デラウェア州裁判所だ
った。
彼を尊敬する人は、どれくらいいるのだろうか、とふっと私は
思った。
同新聞の記事の最後に『日本ではコーポレートガバナンス改革
が続く。独立社外取締役の比率やPBR(株価純資産倍率)とい
った数値は重要だが、それ自体が目的ではない。制度を輸入す
るだけでなく、それが本当に長期の企業価値を生むのかが問わ
なければならない。「米国では」と言えば済んだ時代の終わり。
それが脱デラウェアの日本への示唆である』とある。
今、わが国経営者たちの覚悟が問われている。
問われているのは制度ではない、常に人間の側なのだ。